愚痴を吐くということについて

「愚痴を聞かされるということは『自分の成長機会を損失していること』に等しい」

 

これはバーで知り合った金融関連の人の言葉だった。

今まで僕は「愚痴」というのは良くないという認識だった。

愚痴を吐く暇があったらもっと建設的なことに対して思考を持っていくことが重要だと思っていた。

逆に愚痴を言う人の目的が「答えを求めているんじゃなくてただ単に聞いて欲しいだけ」というのは知っていた。

だから僕は聴く、傾聴する側の人間だった。

それが僕の理念とか社会通念上よろしくないことだとしても否定はしなかった。

否定はしないが、その中でもどうしても譲れないところがあったら言い方を考えながら言っていた。

 

そして気がついたら自分が聴くばっかりで自分が吐くということはしてなかった。

ストレスが知らないうちに貯まっていた。

昨日、主治医との問診で僕の状況をすべて話すと

 

「もう今の状態じゃぶっ壊れますから通院頻度増やしましょう」

 

という回答が出た。

愚痴を吐き出すことが重要だというのが分かった。

吐き出してこそ、その先の建設的なことに対して思考が持っていける。

ストレスを持ったままやっていたらどうしようもなく負荷がかかり続けて持たない。

 

そういうことが分かった今日このごろ。