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【現場取材】JASRACの問題を現役音楽教室講師に取材してみた

今まで音楽教室の個人レッスンにJASRACが徴収の手を伸ばすということで下記の記事を書いてきた。

 

hirazen.hatenablog.jp

hirazen.hatenablog.jp

 

今回は実際の現場の声を聞くことが出来たので話をきいてみることにした。

取材したのは僕が音大受験のときからお世話になっている現役の某大手音楽教室講師である。

 

まず聞いたのは末端の教室の売上への影響だ。

「部分的に徴収する、例えば、クラシック部門からは取らないとかだとすればいいが、全体から取るということになればそれだけ負担が増えるのが考えられるからある程度の影響はみられると思う」

とのこと。

 

そして、音楽教室業界全体に目を向けた話もしてくれた。

「音楽教育を守る会」の筆頭であるヤマハ音楽振興会は15年度、6億の経常赤字を出している。

しかし、恩師はこう語った。

ヤマハや河合なんてところは音楽教室をいわば『広告』のように使っている。そりゃ利益が出ないのは当たり前。最終的には楽器を買ってもらわないことには成り立たない」

事実、ヤマハ音楽振興会の親玉であるヤマハの営業利益は下記の通り右肩上がりの状況である。

https://www.yamaha.com/ja/ir/guide/pdf/guide.pdf

つまりは「赤字が出て当たり前の部門」というのが音楽教室部門であるということだ。

 

またJASRACの体質についてもこう語った。

「元々JASRACはいろんなところに訴訟をふっかけてきた、これは今に始まったことじゃないくて、MIDIの一斉規制のことも含め、今回のことでそれがまた再燃してしまった」とのこと。

そして大炎上中の理事がいる状況についても「団体としての体を成していない、異常な状態だ」と指摘した。

 

最後に巷で騒がれている「音楽大学や専門学校にも徴収の手が伸びるのではないか」という懸念に対してこう語った。

「今回は営利目的でやっているということで音楽教室を徴収の対象にしたというのは分かる。ただ、これがもし私学の音大や専門学校にまで伸びると「国公立はどうなるの?」という、非常に線引が曖昧なことになってしまう。さすがのJASRACもここには踏み込まないとは思うが、もしそれに着手するとなったらJASRACもなりふり構わずというのが露呈することになるだろう」

 

今回賛同に加わっていないメーカーなどについては

「基本的にやる気が無いというところもあると思う、そこまで力をいれてなくて、(JASRACに)言われたら下の教室側に「はいこういうことになったからよろしく〜」ぐらいの感じだろうと思われる」

 

楽器を売るということを考えた際、音楽教室部門というのはある種「広告」というのは「音楽教育を守る」と言っている人たちからすると耳の痛い話ではあるが、これもまた事実である。

また、JASRACの今までの広報の稚拙さ、理事のTwitter大炎上等、ほころびが出てきている。

 

Twitterでも話したが、私の意見としては

「あなた方銭勘定でしか話しして無くて音楽教育どうこう言ってるのって建前じゃないんですか?」

という立場である。

 

最後に恩師はこう語った。

JASRACがやってきたことも悪いけども、まず一般の人たちに「著作権とは何か」ということが周知されていない現状がある。その中でただ感情で動いているのは仕方がないことかもしれないが、まず広く「著作権」というものを知る機会をそれぞれが持つことが、議論をすすめる第一歩ではないか」

あっという間に2月も半ば

あっという間に3月が見えてきました、自分でもびっくりするもんで。

今月一番びっくりしたのはもう月の半分の時点でこのブログが200PVを突破したこと。

10割下記記事のおかげかと思います。

 

hirazen.hatenablog.jp

 

 

hirazen.hatenablog.jp

 

時間はかかりますが、現場の取材もしたいと思っているところで。

3月に記事に出来たらなぁとか思ったり。

【考察】感情論で動くのは相手の思うつぼである〜JASRAC VS 音楽教室業界から考える〜

何にしてもそうだが、感情で動くというのは時に自分を不利に立たせることにもなる。

前回書いたJASRAC関連の記事を書いていてもそれを感じることがあった。

 

hirazen.hatenablog.jp

 

ネット上を見ても大半が音楽教室側についている状態だ。

まさにJASRACは窮地に追い込まれている。

JASRACに関しては過去の問題(MIDIデータ問題、分配の不透明さ等)があるが、今回特出して多いのが「感情で語っている人が多い」ということである。

 

「音楽教育が衰退していく」

「自ら音楽の下地を潰すのか」

「ヤクザとやり方が同じだ」

 

という意見が多く見受けられる。

もちろん、それはそうかもしれないが、それではJASRACはびくともしないのではないか。

しっかりとこの問題に対して深く考察する必要があるのではないかと思い、書いたのが前述の記事だった。

見方を変えればJASRAC擁護に見えなくもないが、私もかつて一端の大手音楽教室運営スタッフだった。

その視点から見ると、一般の人たちが「音楽教室のビジネスモデルを理解していない」というのが分かったのでそれを周知したいと思った次第だった。

また、「著作権」というものの仕組みをも理解していない人も多く見受けられた。

国が定める学校、例えば小学校や中学校といった場所で教育目的に使う場合は著作権が一定条件で自由に使えるというのは知らなかったという人が居た。

これではJASRACに足元をすくわれかねない。

今までのことと、今回のことはしっかりと切り離して論じなければ、破綻してしまう。

 

これを例に論点を整理したい。

まず、今回争われているのは「演奏権」に関するところだ。

演奏権とは「公衆に聞かせる目的で楽曲を演奏したり、歌ったりする」ことである。

これをマンツーマンで行われている音楽教室のレッスンにも適応させるということだ。

 

JASRACの言い分としては、生徒に対して見本を見せて、この曲こんな上手く弾けるようになりたいとなった場合、「じゃあこのピアノ買ってみない?」というセールストークにもつながるわけだから、営利目的だし、なおかつ公衆に聞かせる目的で演奏しているから取ってもいいよね?ということである。

 

もちろん、音楽教室側はこれまで、これとは別に外部で行われる発表会等では使用料を払ってきている経緯はある。

そこにふっと湧いたこの話である。

とあるJASRAC幹部は「10年以上協議を重ねてきた」と言っているが、その結果がこれというのは何たる体たらくだろうか。

 

そして音楽教室というビジネスモデルは今日まで長くあったのにも関わらず今の時期になってどうしてそんな話をしだしたのか。

今まで別の収入にあぐらをかいていて、収益も減ってきた部門の補填にと考えてだしたのだろうか。

そうなればこれはJASRACの明らかな怠慢であることは明白である。

 

しかしながら、音楽教室のほうを全面的に肯定出来るかと言ったらそうではなく、音楽教室というのは「音楽教育を促進している」のではなく「商売で音楽を教え、最終的には自社で楽器を買ってもらう」のが目的ということを忘れてはならない。

「音楽教育を守る会」と謳うのは結構だが、それと同時に自分たちのビジネスモデルも真摯に説明すべきではないか。

このままでは核心を付く議論は出来ない。

 

今のこの状態で感情で「JASRACが嫌いだから音楽教室の味方になる」としよう。

しかし楽器の押し売りなんていう事案があるこの音楽教室業界を考えると一概に味方になろうと思うだろうか。

私としてはそれはどうしても我慢が出来ない。

(私が働いていたところはしっかりと納得してもらった上で買ってもらっているので押し売りのような強引なセールスはしていないというのを予め申し上げて置きたい)

 

この問題を考えるというのは、JASRACの問題を考えるだけではなく「演奏権とは何か」「元をたどって著作権とは何か」「音楽教室の実態はどうなんだ」と、多岐に渡って広がっていく。

一つの問題には複数の課題が連なっていることが常である。

 

一人ひとりが視野を広く持ち、この一つの問題にとどまらず、広く考える機会になることを願ってやまない。

 

2017/02/12

【考察】音楽教室の真の目的は「楽器販売」である 〜JASRACが音楽教室からもお金取るってよ〜

最近JASRACが音楽教室側からも使用料を取るということで問題になっている。

そしてヤマハ、河合を筆頭にして団体も出来上がった。

 

www.itmedia.co.jp

 

音楽教室の目的が「音楽教育を通じた文化の向上」というのは容易いが、実情はどうだろうか。

元音楽教室スタッフの目線から考察していこうと思う。

 

例えばピアノのレッスン、週1回30分と仮定して、5000円〜7000円程度だろうか。

これは音楽教室ごとにシステムが変わってくるのでばらつきはあるにしてもこのくらいが相場として考える。

しかし、この月謝のみで音楽教室が運営できるはずがない。

あくまでもビジネス、そこで終わるわけがない。

 

レッスンが始まって落ち着いたところで一気に営業攻勢に入る。

「もうそろそろご自宅にピアノはどうですか?」と講師も含め営業に入ってくる。

月1回程度渡されるであろう生徒向け冊子には毎回楽器のチラシも織り込まれる。

DMでも楽器購入の提案をするところもあると思われる。

講師はもちろん、運営スタッフの頑張りどころが「楽器販売」である。

もちろん、講師の質を上げなければ定着率は落ちるのでそこも重要視するが、それと同じぐらいに重要なのがそれである。

 

アップライトピアノで数十万、デジタルピアノも低くて十数万円程度である。

KORGなどが10万以下のラインナップを出しているが、やはり自前のメーカーのものを売りたいというのが本音であるのでそこをゴリ押ししていくことになる。

一度買ってくれて長くレッスンを受け続けてもらえたらこっちのもの。

デジタルピアノだと10年程度でガタがくることもあるので買い替えの提案、生ピアノであれば調律等で利益をとることができる。

つまりは「楽器を買ってくれないと音楽教室は成り立たない」のである。

 

そこに今回ふっと湧いて出た「音楽教室からも徴収しまーす」だから大変。

ただでさえ少子化でジリ貧の音楽教室。

いくらシニア層を取り込もうといっても一番の稼ぎ頭は「幼児〜小学校低学年」である。

音楽教室は長期スパンで考え、早い時期から囲い込みをしたい。

レッスン料に上乗せとなると足が遠のく可能性も否定できないので反対するのは当然のことである。

 

ただ、JASRAC側からすると「あんたらうちの管理してる曲を楽器販売の道具にしてるようなもんだから金とってもいいよなぁ?!」という主張はあながち間違ってはないと思う。

というか、JASRACも何で今さらこんなことを言い出したのか。

もっと早期にここに着手していればここまで問題にならなかったのではないか。

ここにJASRACの怠慢さがみえてならない。

 

音楽教室を「音楽の裾野を広げる重要な場所」と考えるのは結構だが、それはあくまでも「理想」であり、現実は「商売」である。

楽器が売れなければ音楽教室は成り立たない。

 

本音は「音楽教室の最終目的は「楽器販売」だ」ということである。

 

果たして今後、これがどうなるのだろうか。

 

【追記】

大手の音楽教室は独自にテキストを作っていて、それには著作権切れをしているクラシック曲のアレンジ版やオリジナル曲を使っている。

ただ、生徒が自分で譜面を持ってきて「これを弾きたい」となった場合、大体が黙認していたというところ大きな問題がある。

これは音楽教室側の怠慢である。

そしてそこを今まで指摘してこなかったJASRACも対応が早かったとはいえない。

 

ではどうするべきか。

一番簡単なのは

「自社制作のテキストのみしかレッスンできない」ものと

JASRAC管理曲も組み込めるレッスン」で区分分けをしてレッスン料を改定するというものである。

今まではレッスンカリキュラムの関係上、嫌でも自社テキストを並行してやらざるを得なかった生徒にとっては「好きな曲でレッスンが受けられる!」というのは大きいし、選択肢の幅も広がると考えている。

 

追記に際し、ご助言いただいた「会社員」氏に厚く御礼申し上げたい。

20代における「障害者雇用枠」でのキャリアステップ

当方、24歳にして「障害者雇用枠」で事務アシスタントを始めました。

一応パート勤務ということで最長5年まで契約更新が出来ます。

ただ、この5年までとは行かなくとも、数年後には転職をしなければならなくなるのは確実。

そこで考えたのは「キャリアステップ」だった。

 

一般枠で考えればそこの会社にずっと勤めて着実に上に行くか、3年勤めて別の場所に行くか。

しかしながら障害者雇用枠の場合はどうなのか、というのは中々情報が無い。

 

そこで先日、担当の精神保健福祉士にキャリアステップの実例をいくつか聞くことが出来た。

例えば、

・20代、パートで3年勤務→上場企業に正社員として採用

・20代前半からパートで2年勤務→無期契約社員として採用

があるとか。

大体の「障害者雇用枠」のモデルケースは「30〜40代の復帰」がクローズアップされがちだったのでこういった具体的な話を聞けたのはすごくためになったし、モチベーションも上がった。

 

20代からの障害者雇用枠のポイントで考えられるのは

「30代に向けて自分がどういう道で進んでいくか」

だと思われる。

一般枠でも障害者枠でも、30代というのは大きな節目。

そこまでどういう道筋を辿っていくかでキャリアも大きく変わっていくわけで。

土日祝日がしっかり休みで定時で上がれるて、なおかつ一人暮らしには事足りる給与を貰えるという現状でどうやってやっていくか。

あとは現在働いているところでどういう仕事の仕方をするかにも変わっていくかと思う。

 

一つ大きな山場と言われる「1ヶ月」は乗り越えたので次は3ヶ月目まで、安定した就労を目指す。

精神障害者の就労で一番のキーが「安定就労」になる。

一番のキーでもあり一番むずかしいところでもある。

まずはそこを重点的に考え、後々のキャリアステップも頭の隅に置きつつ働いていきたいと思う。

「心が満たされたら音楽なんて作れなくなっちまう」

「心が満たされたらモノなんて作れなくなっちまう」

 

この言葉は大学時代に先輩が言った一言だ。

音楽大学という単科大とはいえ、人種は幅広かった。

僕はどちらかというと根暗な部類に入っていて、いわゆるリア充という立場じゃなかった。

ある日、授業の空き時間に空きスペースの教室で同級生と先輩たちとで雑談していて、

「曲作れなくなる時ってどんなときなんすかね」

と何の気なしに言ってみると

「今の自分に満足してるときじゃね?心が満たされたら音楽なんて作れなくなっちまう」

と返ってきた。

 

今までの音楽作りの中で、僕はよく「叫び」とか「悲しみ」とか「いらだち」とかを掲げていた。

言葉にも言い表せない断末魔に近いような心を描写するのが自分の音楽だった。

そんな中でも、幸せな中で何か作ればいいじゃないかと言われそうだけど、そうはいかないもので。

幸せになったらなったでそれで満足してしまうから、音楽でしか出せない「叫び」とか「いらだち」とかが表現できなくなってしまう、というか、僕にとっての音楽の本質は、言葉で言い表せられない気持ちを表現するものだったりする。

 

世の中ってのは苛立つニュースも最近増えてきて。

神社にベビーカー立入禁止の話で炎上してるのをみて「正月馬鹿だな」とか思ったり、日本の隣の国がわーわー言ってすったもんだやってる話とか、自分ではどうすることも出来ないことに対して苛立って。

 

僕は休みの日というのが一番嫌いだ。

仕事の日は、その自分の職務を全うすれば評価されるし、何よりお金になる。

仕事内容もそんなに難しいことじゃないしストレスもそんなにかからない。

幸運なことに職場はいい環境で人もいい人たちばかりで。

仕事の中では「頑張っている人」で居られて、それて悦に浸れる。

仕事の時だけが、僕の中で安息の時なのかもしれない。

 

逆に何も無い満たされてない自分が「悲しいなぁ」と悦に浸ることもある。

感傷に浸って悦に浸る。

そんな中でふと思うと楽器を手に持ち、PCの画面に向かって曲を書いている自分がいる。

それで気が付かないうちに曲が出来上がる。

こんな説明で納得出来る人はあんまり居ないと思うけど、これがホントの話。

 

心に穴が空いて、足りないからそこに何か足すために曲を書いたりしているんだと思う。

それが仕事以外で心のスキマを埋めるための方法なのかもしれない。

どうしようもない部分を固めたのが僕だったりする。

それを形にしたのが僕の曲。

仕事として作曲をしていない自分はこんな感じで作ってます。

どこかで「救ってくれ」って思っていて、それが誰かに届くために曲を書いているんだと思う次第です。

帰宅してスーツのままで1時間でオリジナル曲作ってアップした話

久しぶりに曲を作りました。

仕事から帰ってきてスーツそのままでドラムの打ち込み以外は全部一発録音。

ピアノからギター、ベース、すべて一発で録りました。

荒削りもいいところです。

ただ、僕の作曲スタイルはこんなものです。

大学時代からそうですが、何日もかけて作った曲よりも数時間で作った曲のほうが曲自体の完成度が高いです。

現に今まで途中頓挫した曲の殆どは曲の構成に日数を費やした挙句、途中で構成が崩壊して作品としてまとまらなくなったケースです。

 

おそらく半年以上、オリジナルの曲を出していなく、もうそろそろ書かないとなと思いながら、楽器に触るのも嫌になるぐらいの状況でした。

12月下旬にあった某オフ会で「じゃあ曲作るわ」と言ったはいいものの、「全然作れない」と思いながら年を越しました。

 

長期休暇中の精神状態はあまり良くなく、休みというのが苦痛に思ったのはこれが初めてでした。

「とにかく働かせてくれ、早く休みが終わってくれ」

そんなことを思いながら四苦八苦していました。

 

そんな中、6日が仕事始めで、その仕事から帰ってきたときに

「あ、曲作ろう」と何故か思ったわけです。

自分でもその時の心境はよく覚えてませんが、荷物部屋からギターとベースを取り出して、マスターキーボードの上にMacBookを乗っけて曲を書いていました。

譜面も何も書かずにひたすら録音と打ち込み。

ミックスもそこそこに動画にしてアップ。

それがこの曲でした。

 

曲調としてはシューゲイザーをイメージして作った曲で、後からポストロックっぽい部分もあるねと知人から話されて、たしかにと。

僕の曲で一番ヒットしたのが膣の歌ですが、本来の作風はこんな感じです。

大学時代からこんな感じの曲調が得意で映像が本業になりつつも、裏で曲を作っていました。

いつかはライブでいっぱいやりたいなと思いながら。

ただ、学生時代に自分の曲をバンドで演奏したのは一回きりですが。

そこが一番僕の中では引っかかっていたところでした。

 

ここ最近鬱屈としていた中で、一番の自分の表現方法はこれしかなかったので、こうなったんだろうなと思っています。

僕が作る過程の中では、何かどうしようもない駄目で退廃的で後ろ向きな気持ちでいます。

どうしようもなくて駄目でしょうがないネガティブな感情の中で作った曲が、自己満足的にも、評価的にも高かった気がします。

そんな気持ちの中で作ったのが今回の曲だったんじゃないかなと、自分でもよく分かってませんが、そういうことだと思います。

 

長々と書いてしまいましたが今回の制作の経緯はこんなところです。

よろしくお願いします。