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帰宅してスーツのままで1時間でオリジナル曲作ってアップした話

久しぶりに曲を作りました。

仕事から帰ってきてスーツそのままでドラムの打ち込み以外は全部一発録音。

ピアノからギター、ベース、すべて一発で録りました。

荒削りもいいところです。

ただ、僕の作曲スタイルはこんなものです。

大学時代からそうですが、何日もかけて作った曲よりも数時間で作った曲のほうが曲自体の完成度が高いです。

現に今まで途中頓挫した曲の殆どは曲の構成に日数を費やした挙句、途中で構成が崩壊して作品としてまとまらなくなったケースです。

 

おそらく半年以上、オリジナルの曲を出していなく、もうそろそろ書かないとなと思いながら、楽器に触るのも嫌になるぐらいの状況でした。

12月下旬にあった某オフ会で「じゃあ曲作るわ」と言ったはいいものの、「全然作れない」と思いながら年を越しました。

 

長期休暇中の精神状態はあまり良くなく、休みというのが苦痛に思ったのはこれが初めてでした。

「とにかく働かせてくれ、早く休みが終わってくれ」

そんなことを思いながら四苦八苦していました。

 

そんな中、6日が仕事始めで、その仕事から帰ってきたときに

「あ、曲作ろう」と何故か思ったわけです。

自分でもその時の心境はよく覚えてませんが、荷物部屋からギターとベースを取り出して、マスターキーボードの上にMacBookを乗っけて曲を書いていました。

譜面も何も書かずにひたすら録音と打ち込み。

ミックスもそこそこに動画にしてアップ。

それがこの曲でした。

 

曲調としてはシューゲイザーをイメージして作った曲で、後からポストロックっぽい部分もあるねと知人から話されて、たしかにと。

僕の曲で一番ヒットしたのが膣の歌ですが、本来の作風はこんな感じです。

大学時代からこんな感じの曲調が得意で映像が本業になりつつも、裏で曲を作っていました。

いつかはライブでいっぱいやりたいなと思いながら。

ただ、学生時代に自分の曲をバンドで演奏したのは一回きりですが。

そこが一番僕の中では引っかかっていたところでした。

 

ここ最近鬱屈としていた中で、一番の自分の表現方法はこれしかなかったので、こうなったんだろうなと思っています。

僕が作る過程の中では、何かどうしようもない駄目で退廃的で後ろ向きな気持ちでいます。

どうしようもなくて駄目でしょうがないネガティブな感情の中で作った曲が、自己満足的にも、評価的にも高かった気がします。

そんな気持ちの中で作ったのが今回の曲だったんじゃないかなと、自分でもよく分かってませんが、そういうことだと思います。

 

長々と書いてしまいましたが今回の制作の経緯はこんなところです。

よろしくお願いします。

障害者雇用枠で働き始めて1ヶ月経っての感想

  1. 働き始める前
    表立って「障害者雇用枠」で働いている人たちの体験談を引っ張り出そうとしても案外少ないもので、やはり働き盛りの30~40代の人たちが精神疾患発症をきっかけにして働き始めるというケースが多かった。
    事前に働く前に色々と調べてはみるものの、案外情報は少なく、唯一あったのといえば2chの障害者雇用枠関連のスレッドぐらい。そこで色々と情報を探って実情を調べたりしていた。でも得られる情報は少ないもので、あっという間に就業の日を迎えることとなる。


  2. 働き始めてから知ったこと
    これは働き始めて2週間程度で気がついたことだが、面接時にいた上長のお二方以外は僕がどういう枠組みで入ってきているのかを詳しく知らなかったらしい。
    なんとなしに先輩のメンバーに話を聴いても「1週間ぐらい前に新しい人来るよ~って言ってたぐらいだから」とのことで。
    配慮といえば配慮なのか。
    それでもメンバーのみなさんとのコミュニケーションも順調に行き、おかげさまでやりがいを持って働けています。


  3. 日々の仕事量について
    比較的落ち着いた職場に配属になったということもあり、今まで音楽・映像業界で働いてきた自分としてはかなり拍子抜けしたというか。
    コピー室のメンテナンスから始まり、総務に届いた荷物を部署ごとに運搬したり、受付の交代サポートで1時間来客応対したり。
    「こんなんでこの時給もらっていいのか」と思うぐらいで。
    ちなみに早朝品出しの頃と比べると基本給が50円ほど上がりました。
    それでもって社保完備、自分でも驚くぐらいの高待遇です。


  4. 暇になったら何をしているか
    基本的に障害者雇用枠の従業員に割り振られるのは限られてくるので暇な時間が業務時間中も出てきます。
    当初はデータでマニュアルがあったのでそれを見ていたのですがさすがになにもしないのはまずいと思い、最近はAccessをいじるようになりました。
    現在紙ベースで探す形式の内線番号表をデータベース化して検索したら一発で出るようなことが出来ないかなと勝手にやってます。
    基本的に閑散期は暇だったりするのでちょろっと「こんなもの作ったんですけど」と同僚の先輩に話したりしようかなとか。
    多分お蔵入りになるのは必至ですが、何もしないよりかはマシかなと。
    なにもしないのが申し訳なくなるので。
    ちなみに来月以降は繁忙期に入るのでそんな暇も無くなってくると思います。


  5. 1ヶ月の統括
    結局振り返ってみたら月で休んだのは2日間だけでした。
    担当の精神保健福祉士さんも「全然許容範囲内なので問題ないです、むしろいいほうです」と言っていただけたので幸いです。
    来月の目標は休まずに行く、若干の体調不良であれば遅刻してでも行こうという気持ちでいければと思います。


    なんだか長い1年間でしたが、生きて年を越せることがありがたいというか、不思議なぐらいです。
    来年は飛躍の年にしたいです。

バンドのメンバーに「障害者雇用枠で働き始めた」と伝えた話

今月の初旬、ちょうど働き始めて一週目が終わった頃の話。

金曜日にLINEの通知が鳴って、見てみたらバンドのボーカルの女の人からだった。

「ヒラゼン君にMIDIキーボード借りっぱなしだったからそっちに返しに行きたいけど暇?」

と。

そんなわけで土曜日に僕の最寄り駅までわざわざ来てくれた。

近くの喫茶店で話をしていた。

ここのところ最近全くバンドの練習にも行けてない、というかみんな社会人だから練習の暇も中々出来てない状況。

個々で個人練習で数人で練習したりとかが精一杯の状態だった。

バンドメンバーのみんなも僕の再就職先を心配してくれていたと伝えてくれた。

 

僕は働いているところの話をした。

事務仕事で社内の宅配便の配送、受付サポート、その他付随して色々とやっていることを話した。

「今のところは大丈夫なの?」

と言われたので

「実は、障害者雇用枠なんすよ、手帳、取得して」と話した。

するとこんな言葉が返ってきた。

「逆に安心したよー、ヒラゼン、やっぱりそういうところ弱いから。上手く社会の仕組みの中でそうやって働けてるなら、よかった」

と安堵してくれた。

ホントにいい人たちに恵まれたなと思った。

学生時代までは気合で何とか成る精神の人たちばっかりだったから、何だかそこは安心した。

「また、来年あたり、みんなで練習しようね」

それでまた僕は頑張ろうと思えた次第です。

俵万智の炎上から見る「死ね」という言葉の重みについて

 

俵万智流行語大賞の審査員ということもあり今回このような釈明を受けることになった。

ここでは「日本死ね」の中身については言及しない、今回はそこが論点ではない。

問題は「死ね」という言葉の重みについてである。

 

今回問題のひとつに

「日本語を仕事として扱う人間が『死ね』という言葉を流行語と判断して選んでいいものなのかどうか」

というのがある。

もちろん、いい言葉ではないし、彼女自身も「日本という国も日本語も、心から愛しています」と言っているので、僕は引用RTで「はい、ダウト」とは言ったものの、真意であるというのは間違いないと言っていい。

 

この件について、大学院まで日本語について研究していた姉(現在は日本語教師)に話を聞いた。

するとこのように返ってきた。

「よろしくはないとは思うけど、まず『死ね』という言葉の重みが無くなってきて、軽い意味でも使われるような時代にはなってしまったかもしれない。いくらダメとはいいつつも一般的に使われるようになってしまったから時代の流れを感じる」

「死ね」という言葉が昔から変わって随分と軽い表現で使われるようになってきた現状を語ってくれた。

そして付け加えてこう話した。

「叩いている人たちも、普段の言葉を録音したら、「死ね」ってかなり使ってると思う」

そう、ただ単に俵万智という人間が「歌人」ということだけで、日本語に敏感でなければならない人間がなぜ死ねと使った!許せない!という格好の餌食になってしまったわけだ。

普段僕も含め、「死ね」という言葉はどこかしらで発していてもおかしくない。

 

ここで僕はこんな妄想をした。

俵万智はここまでの炎上含めてこのツイートをしたんじゃないかと。

外部からのリプライなんぞ、無視しておけばよかったものの、なぜ釈明するにまで至ったのか。

昨今の炎上を考えれば、日本語を扱っている俵万智ですら、この結果になることは分かっていたはずだ。

しかし彼女はあえて釈明をした。

もしかしたら、もしかしたらであるが、彼女は身を挺して「死ね」という言葉がいかに重いか、歌人である自分が使うまでに日本は堕落してしまったということを表現したかったのではないか。

軽くなってしまった「死ね」という言葉に対して、公の自分が発することで、炎上でもいい、問題提起になれば、と思ったのかもしれない。

 

そこまで考えて今回のツイートをしたとしたら、すごいことではあるが、これは僕のあくまでも妄想なのであしからず。

 

自分自身も省みて、日本語というものを改めて考えさせられることであった。

 

追伸

今回の件で姉が「死ねって言葉の変遷を研究するのも面白そうかも」とぼそっとつぶやいていた。

大物YouTuber「syamu_game」氏は社会のセーフティーネットからこぼれ落ちた存在の代表例である

※この記事は「syamu_game」氏(通称:シャムさん)について知っている人を前提にした記事になるのでご存知無い方はこれを見ればだいたいのことはわかると思います。

 

 

以下、シャムさんに関しての予備知識がある上でお話をしていきます。

 

さて、ご覧になっても分かる通り、明らかに通常の人とは常軌を逸した部分が垣間見えることが分かる。

年齢に合わない思考、あまりにも的はずれなレビュー、探せば探すほどおかしな部分しか見えてこない。

これがあり、ニコ動に転載をされ、彼もそれについて言及していた。

その中で「私は知的障害者ではありません」と否定していた。

 

これが一番厄介なところである。

日本という国は、まず自ら障害があると自覚して認めないと、まず向こうから手を差し伸べてくれることは無い。

医療従事者、就業支援の人たちからの話でも

「大体の人は周りに勧められてやっと取得に踏み切る人が多い」

というぐらいである。

つまり、シャムさんのようなギリギリのところで自我がある程度あり、変に知識が偏っていると自分が障害だと知らずにそのまま人生を進んでいってしまうわけである。

 

シャムさんは現在、32歳。

YouTuber活動をしていたのは20代後半から30代にかけての時期にあたる。

社会に参加するにあたって、色々とこの間に行政などからの支援も受けようと思えれば受けれたはずだし、若ければ若いほど、その先の人生も生きやすくなっていたはずである。

しかし、彼はそうはいかなかった。

彼自身が障害を持っていないと頑なに思っていたに他ならない。

 

シャムさんの場合は普通に精神科に通院してある程度発達障害等が認められれば精神障害者保健福祉手帳は取得できたと思われる。

こういう言い方をすると悪いのかもしれないが、

「僕が取得できて、シャムさんが取得できないはずがないだろう」

と考えてしまう。

僕の場合はうつ病ということで取得できたが、彼の場合も医師の判断で通ると判断が通れば等級は分からないが通ったはずだ。

 

発達障害でも精神障害手帳はとれるのか?療育手帳じゃないのか?」という話が出てくるが、ある程度知識があり、PC操作もそれなりに出来、文字の読み書きも出来た部分も考えるとIQで判定を下す療育手帳の申請は難しい。

ただ、発達障害でも精神障害手帳の取得申請は可能で、大人になってからADHDと診断を受けて障害者手帳を取得したケースはいくらでもある。

 

そう、行政から「あなたは障害者手帳を持つべきだ」とは言わないのである。

当たり前の話といえば話なのかもしれないが。

しかし、ここまで来るのにいろいろなセーフティーネットはあったはずである。

学校や地域の人、何より両親の存在もあったんではないだろうか。

そこをすり抜けてしまったところに社会の欠陥を感じざるを得ない。

 

一番大きいのは両親の存在かもしれない。

「うちの子が知恵遅れなわけない!」と障害者手帳の取得に反対していたかもしれない。

そしてシャムさんに「あなたは障害なんてないのよ!」と耳にタコが出来るほど言われていたのであればこうなったことの辻褄が合う。

 

実のところ、僕も障害者手帳の取得に際し、親からの反対は受けていた。

ただ、僕自身が自覚を持って手帳取得に踏み切り、障害者雇用枠での就労を始めたところで納得してもらえるところまで持っていった。

かなり苦労はあったものの、とにかくこの制度について詳しく知らない人が多すぎる。

親にも何度もしっかり説明した上で、納得してもらったわけで。

 

まさかうちの子が…と思った場合は是非、そういうことも考えてほしいと思った。

そうじゃないと思う親のエゴが、子供の後の人生が苦労まみれになるかもしれないからだ。

 

シャムさんは最終的にネット住民の「おもちゃ」にされて、潰されて引退し、表舞台から姿を消した。

シャムさんにこそ、僕は手帳取得をしてほしいと思わずにはいられない。

未だに彼は普通の一般就労を目指しているんだろうか。

 

持っている僕と、おそらく持っていなかったシャムさん。

本当に僕は持ってていいのだろうかと考えさせられる人物だった。

 

最後に、日本という国は自分から助けを求めれば助けれくれるが、日本には「恥」の文化もあると思われる。

障がい者」というのが「恥」だとか「キチガイ」とか言われてしまうのが現実であって、それを思うと、シャムさんは氷山の一角なのかもしれない。

永井先生の炎上から見るここ1~2年の急速なネット環境の変化について

永井先生とは言わずと知れた超有名配信者である。

ニコ生よりずっとまえ、PeerCastというソフトを使ったP2P方式で配信していた、超古参、そしてレジェンドとまで言われている人である。

今みたいに簡単に配信もできるようなものではなくポート開放等、難しい手順を経てやっとこさ配信するもので、見る側も大変だったわけだが、その当時から今で言う「乞食配信」と呼ばれることをやっていた先駆者的存在。

何度か引退を繰り返し、最近はFC2のチップを軸に、おそらく裏にパトロンはいらっしゃるだろうが、配信を行っている。

 

そんな永井先生、最近炎上することが増えた。

たとえは、弟の博之が食べていたつけ麺の汁をくれとせがみ喧嘩に発展した「汁戦争」、そして直近では仲良くしていたはずの武本(通称:たけやん)との絶縁問題。

この両方共、リスナーから袋叩きにあい、たけやん問題に関しては放送を自粛するまでに至った。

これに関しては個人情報をツイッター上で垂れ流したことが原因でもあるが、ただ、こういったことは今に始まったわけではない。

 

PeerCast時代から見ている友人のリスナーに言わせると

永井先生自体は昔から今まで、何も変わっていない。酒を飲んでその勢いで色々とやらかしてそして反省して土下座して『俺変わるから!』までがテンプレだから」

とのこと。

確かに昔の配信を遡っても飲みすぎて配信する部屋で放尿したり、飲酒運転で免許取り消しを食らったりと、今回のと比較するのは変かもしれないがそれでもかなりのことをやってきた。

しかしながら、今回のたけやん問題に関しては永井先生だけにとどまらず、その関係者までも巻き込んだ大騒動になっている。

 

永井先生自体はなにも変わっていない。

考えられるのはリスナーとここ1~2年のネット環境の激変だと思われる。

この数年でTwitterを始めとしたSNSは急速に普及し、レスポンスもいち早く配信者本人に伝わるようになってきた。

レスポンスに関してはPeerCast時代から2chの掲示板のスレで出来たことだが、そのスピードと現在の環境のスピードとではかなりの差があると思われる。

つまりは「脊髄反射的」に配信者本人にリアクションが取れるようになってきたわけだ。

そしてそれはあっという間に拡散され、多くの人がそれを知り、また広まっていく。

だから炎上と呼ばれることも増えたわけで、今回の永井先生のこともその中の一つだと思う。

 

結果として、永井先生の人間性は昔から今まで何一つ変わっていないわけで、変わったのはリスナー層とネット環境だ。

引退期間はあるものの、良くも悪くもネット上で長期間活動している人間の宿命か。

永井先生は果たしてこの環境の変化についてこれるのか。

もうすぐ40代に突入する永井先生、今後の動向に注目したい。

一週間が終わって

障害者雇用枠での就労が始まりました。

週5日、9時〜16時、1時間休憩の勤務体系です。

正直17時でも行けるかなと内心思っていたのですが、16時までで正解でした。

身体が思いの外この勤務体系についていかなかったです。

16時で終わって帰って風呂入ってすぐに寝ての生活でした。

22時には寝ないと次の日が辛いという、毎日続けるのは中々難しいもので。

いかんせんこの寒い時期、ただでさえハードルが上がってる中で、16時までの時短勤務は正解でした。

来年の契約更新の時には17時に持っていけるように慣れていきたいです。

 

仕事内容は概ね負荷もかからない程度のもので、やりがいもそれなりに。

何よりワンオペでの業務が皆無なので助かります、電話応対もわからないことあればとりあえず保留にしておけばいいので。

スーツを着て満員電車に揺られて都内へ通勤です。

 

まずは1ヶ月、続けたいです。