明日は初出勤

明日から週5日、朝から夕方まで、フルタイムで働くことになります。

長いマラソンの、やっとスタートラインに立てたような感じです。

ここまで来るのが本当に遠かったです。

悩むことも多くありましたが、ここにこぎつけられたことだけでも、本当に御の字なのかなと思う次第です。

 

ここからが本番と思うと、何だか期待半分不安半分というところで。

今日は寝れないかなとか、忘れ物しないようにしなきゃとか、何だか小学生レベルの話ですが。

 

とりあえず、晩御飯何食べようかってところです。

ここ最近の話をまとめると…

こんにちは。

ブログを書くのは随分と久方ぶりになります。

Twitterこそちょろちょろと書いていましたが、こうやってまとめて書くのは久しぶりです。

 

さて、一番大きな出来事でいうと障害者手帳の取得でしょうか。

地に足をつけてしっかり働こうと思った時に一般枠ではおそらく厳しいと考え、障害者雇用枠の存在を知ったのがきっかけでした。

聞くところによると自発的に取得をする人は少ないそうで、周りからの勧めで取る人が多い中で自分で調べて取得までこぎつけたのはあんまりいないそうで。

概ね2ヶ月半程度かかると聞いていたのですが、1ヶ月半程度で申請が通って手元に来ました。

 

そこから障害者雇用枠での就活を進めていき、紹介サービス経由で面接から採用まで2日で内定をいただきました。

あまりのスピードの速さに若干驚きを隠せない次第です。

大学の非常勤職員として、社会人としてのキャリアを再スタートさせることになります。

面接の時は質問内容がエグかったなぁという印象が。

 

「発症のきっかけは?」

大学時代に再発した旨をいうと

「それだったら大学時代は友達は少なかったですか?」

とか。

「差し支えなければ家族との関係は」とか。

 

僕としては全部洗いざらい話すつもりだったので全部話しました。

一般枠では無いので、隠すことも何も必要無かったというのも大きかったです。

精神障害での面接は「いかに自分が自分自身のことを理解しているのか」

が、大きなポイントなのかなと。

そんなわけで無事内定をいただきました、12月から働き始めます。

 

今日はというと、採用後のサポートをしてくれる精神保健福祉士の方との顔合わせとヒアリングでした。

一番印象的だった言葉は

「無理をしないでいいです、少しでも早く馴染もうとしないで大丈夫です」と。

個人的には腫れ物に触るような雰囲気は確実にあるのでそれを1日でも早く払拭しようと思っていたのですが、そこまでしなくていいと言われました。

まず「今こうやって来ていただいてることも大きな一歩です」と。

 

「あと何か不安点はありますか?」と言われ

「まぁ、女性比率が高いってことで、ちょっと怖いかなってぐらいですかね」と。

 

小学校時代から女の子にいじめられたりとか、大学生になってからは寄ってくる女の人は全部マルチ関連のとか、そんな感じだったので女性からの視線というのは少しばかり怖いなという意識はありました。

就業先の人たちはそんな悪い人も居ないので心配しないでください、徐々に慣れていきましょうと言われたのでそういうことでとりあえず話は一致しました。

でもすごいなと思ったのは僕が頭をフル回転させて喋ってることに察しつかれたことでしょうか。

 

とにかく僕は外に出た時に喋る時はリミッターを外して喋るので、そこで疲弊するのが目に見えたのでしょう。

そこはさすがプロだなと。

今後の課題点として言えば

 

・職場の環境に慣れること

・ストレスコントロール

の2点をどうやっていくか考えていきましょうということでした。

 

曰く「一般枠ではから障害者雇用枠に移った人の大半は違いに驚くと思うのでその点は慣れていってください」ということでした。

 

担当の精神保健福祉士さんは月1回の面談と、そのほかそれ以外でもメール・電話で対応してくれるということで、就業後のフォローもしていただけるのはありがたい話です。

とりあえず、落ち着いて働ける場所ではあるということで、僕はそこから社会人としてのキャリア形成をしていこうという感じです。

発作で5年10年先を考えて絶望しがちですが、今は半紙一枚を重ねるような、今を重ねていって未来に到達する、みたいな考え方で過ごしていければと思います。

 

そんなここ最近のお話でした。

「生きるために働くのか、働くために生きてるのか」についての考察

社会人2年目になって色々と働いてきて、そんな話を聞くようになった。

「このまま仕事に忙殺されて、何のために生きてるのか分からなくなる」と。

 

ここで少し自分の父の話を。

自分の父は49でガンで逝ったわけですが、それまではがむしゃらと言っていいぐらい働いていました。

僕が一人暮らしするにあたって父の年俸明細みましたが、どう考えてもおかしい額を稼いでいました。

住宅ローンも前倒ししてまで払って子供にピアノやら水泳もやらせてくれて、そりゃそうかと思ったと同時にこんなことを思いました。

 

「親父は僕ら家族のために稼いでいたんだ」と。

 

親父は僕と母、姉の3人を背負って生きていたわけです。

それが同時に生きがい、というか使命だったんだと思います、

自分一人のためだけならここまで働くことも無かったでしょう。

 

結局人は「人のため」にしか頑張れないんだなと思いました。

「自分のため」だけじゃ息切れして行き詰まるんだなと。

僕は今バイトでスーパーの品出しをしてますが、そんな中でも「こうやってならべたら取りやすいな」とか、一緒に働く人たちとの関わり合いの中でやりがいというか、意義を見出してます。

大学卒業して今それって情けないよなぁ、と言われそうですが、僕は今そこでそうやって生きてます。

僕は今、長く続けられる仕事を暗中模索している最中です。

自分の出来ることと続けられることは別だと分かったので。

 

まぁ、齢24の自分では全く説得力が無いのでこの歌でまとめようと思います。

Mr.Childrenの「彩り」

歌詞見ながら聴いてみてください。

 


Mr.Children「彩り」Mr.Children "HOME" TOUR 2007

大学時代に作った曲をアップしました

www.nicovideo.jp

 

当時の思い出としてアップしました、荒削り感満載ですがどうぞ。

「敗戦の弁」

 せたがやバンドバトル、音源審査が通りましてライブハウス予選まで行くことが出来ました。

ここをクリアすると最終予選@NHK放送技研行きか、シードで決勝大会@世田谷区文化会館行きが確定します。

というわけで行ってきました、演奏しました。

…負けました。

せめて放送技研には行きたかったのですが、そこも届かず、本当に残念でならないです。

やるだけのことはやりました、完全に自分の力不足です。

その敗戦直後の写真がこちら。

 

 

 

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見事に顔が死んでいます。

というか死にました、最後のバンドを見た瞬間に「あー負けた負けた負けた」と頭の中でループしていました。

MTR使って同期までして、挙句ダンサーまで連れ込んでの大所帯に太刀打ち出来るわけがありませんでした。

レベルの差を思い知らされました。

 

しばらく僕は死にます。

本当にありがとうございました。

僕の思い描いていた日常は今かもしれない

そんなことを空を見上げながら思いました。

 

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